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ゆうびん

CHARGE(チャージ)症候群という先天的な疾病を抱えて生まれた裕(ゆう)と過ごす風景を書き連ねます。

成長の夏、難聴との向き合い方を探る

えー、前の記事に、たくさんのことを盛り込んだので、内容が薄い!と厳しいご批判を頂戴しております。
文章がおもしろくないことの責任は、あー、すべてわたくしの力の至らなさでございます。
まずはブログなのだし、今に追いつこうとするあまり、うー、筆が進みすぎたものと思います。
お許しいただき、長い目でこれからもお付き合いいただけましたら幸いであります。

キャンプに出かけたのが9月の半ば。夏の終わり、しめくくりの出来事でありました。

赤ちゃんは夏にのびる、成長する、と聞きましたが、ゆうも、まさにその通りでした。

体の使い方のコツを覚えたのか、ずり這いからハイハイができるようになり、お座りも長い時間できるようになりました。
立ちあがれるようになったのは、夏のはじめ頃のことでした。その時は、立ち上がれても、腰を落とすことができなかったので、立ち上がったら泣くか、こけるか、でした。

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(果敢に階段をよじ登るゆう。登りはよいよい下りはこわい。まわりはヒヤヒヤ)


それが夏の終わりには、いつの間にか、難なく立ったり座ったりができるように。
成長の速さに、親ばかも交じって、目を細める時間が多くなります。

ボールをゆうに向かって転がすと、なんとなく返そうと体を動かしたりもしてくれて、気持ちが通じている感覚が生まれて、なんともうれしくこそばゆく感じます。

また、好きなこと、イヤなことをはっきり態度で示すようにもなってきました。
例えば、ごぼうのように硬く食べにくいものを食べさせようとすると、手で払いのけたり、歯ブラシしようとすると口を真一文字にしてみたり。
これまでよりもずっと、表情や意思の現わし方が豊かになったなあ、と実感できました。

秋を迎えて、そろそろゆうの難聴とどう向き合うか、考えを深めて、決めなければいけない時期が近づいてきます。

見聞きできるところには、積極的に出かけていこう、との大方針のもと、町田にある日本聾話学校へ見学に出かけました。

こちらは、人間の聴く力を引き出すことに徹底的にこだわる教育方針を持った学校で、乳幼児から通うことができます。
補聴器の調整やメンテナンス、家での過ごし方など、親子一緒に、聴く、話す、歌う、学ぶことを楽しむプログラムが整っています。

難聴の子どもにとって、早い時期から適切な治療や教育、療育を受けることが、将来のコミュニケーションの獲得のためにも重要です。
補聴器をつけるかどうか、人工内耳をつけるかどうか、手話を使うかどうか、など選択肢はいくつかあります。

子どもの知的な発達を見ながら、その子にとって、適切なものを選ぶわけですが、なにせ相手は赤ちゃんですから、どれがいいかどうか、わからない部分も大きいです。親が、子どもになり代わって、選択せねばなりません。
将来、自分がなぜそれを選んだかをきちんと伝えられるようにしなければなりません。

ふだんから優柔不断、心配性な性格を自覚している私にとっては、なかなかハードルの高い選択です。

いまだよくわかってはいませんが、教育や療育の現場では、難聴の子へのアプローチとして、手話か聴覚主導かの対立も、まだ残っているようです。

私にとっては、子どもがコミュニケーションがとれる方法が、口話でも手話でも、多くある方が望ましかろう、と思っています。
どちらかに賭けるよりは、今できることをやっていきたい、との思いです。

人工内耳は手術をすれば音が聞こえる、というものではありません。
電気信号の形で、音は脳内に届くようになりますが、それを音として認識し、なんらかの意味を読み取るためには、その子に合わせた音の調整(マッピング)や、リハビリ、訓練が不可欠です。
また、そうした音を読み取る力が、その子にどれだけあるかも鍵となります。
ゆうの場合は、蝸牛の回転がやや足りなかったりして、内耳が本来の形になっていないことなどから、人工内耳をしても、聴力によるコミュニケーションが可能になるかは未知数です。
率直なところ、やってみなけりゃわからん、のだそうです。

人工内耳について:一般社団法人 日本耳鼻咽喉科学会

一生に影響をおよぼす決断でもあり、まだまだ思いめぐらす日が続きます。